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明治の庶民は、養豚を嫌いながらも豚肉を好んで食べるようになっていった。 明治33年ころから農商務省では、イギリスやアメリカから優良な種豚を輸入して、本格的に養豚を奨励し、日本における「豚食」は急激に軌道にのっていった。
大正十年ころには養豚頭数約50万頭になっている。 『食道楽』という明治3十7年ころに出た、料理小説とでも名づけるべき珍書には、「近頃は西洋からよくシェアだのパクシェアだの色々な豚の種類が来るけれども、あれは皆さん豚を種にして欧羅巴(ヨーロッパ)在来の種類を改良したものだ。
どうしても豚の元祖は支那だから豚の種類も食用に適して居るし、料理方も豚は支那風が1番味わいね」と、中国豚と中国料理を讃美している。 また、イギリスのよくシャ(白豚)・バクシャ(黒豚)などが、すでに輸入・飼育されていたことがわかる。
現在ではよくシャ種が大部分だが、最近は脂身の少ないスマトなランドレス種(アメリカ)が多くなっている。 ハム、ソーセージ、ベーコンなど貯蔵用加工品の種類が多く、多量につくられているのも豚肉の特徴だ。
というより、肉食の欧米を支えてきて、現在も支えている貯蔵肉は、牛肉ではなくて豚なのである。 ハムというのは、もともと豚の太もものことだ。
日本では明治7年に早くもハムがつくられた、という記録があるが、庶民のあいだにはなかなか浸透せず、第2次大戦後、洋風食品の代表のような形で急に愛好されるようになった。 今でも食生活の洋風化というときに、日本人がまず思い浮かべるのはハムやソーセージとパンが乗っている食卓だろう。
洋風・中華風の入り混って栄えている現代日本だが、豚肉はその両方に君臨し、私たちの食生活をリドしているといっていい。 豚は生まれるまで3ヵ月・3週間・3日間胎内ですごし、生後6〜8ヵ月で9〇〜100キログラムに育つ。
人間の子供が胎内ですごすくらいの月日のあいだに、早くもたっぷりと肉と脂肪を蓄えた巨大な成獣になるわけだ。 こんなに早く繁殖し、成長する家畜はほかにいない。

また、品種改良や飼料の改善などによって、飼料効率もよくなり、現在では豚肉1キログラムを得るに は3キログラムの飼料でよい。 牛、その他の家畜が8キログラムの飼料が必要なのにくらべると、豚はずいぶん効率のいい″食品″ということになる。
豚は、だから、生きた食糧貯蔵庫といわれる。 こういう考えは古代ローマにもあったらしく、「豚の生命などは塩と同じだ。
その肉を腐らせないのに役立つだけだ」などと、言ったひともあるということだ。 豚は現在、戸外で飼育されているが、アメリカには完全に屋内だけで飼っている養豚業者もいるという。
カンザス州のある農場では、4つの建物から成る「養豚工場」の中で育てられ、中は温度も湿度もコントロールされており、飼料も自動的に与えられているという。 毎年5千頭出荷するこの「工場」を管理しているのは2人だけだという。
臭気も外に洩れないし、病気にもかからなくなった。 こうした豚の工場飼育は進み、日本でも近い将来、このような方式になると考えられている。
5千頭の豚と2人の人間と工場。 そこには動物と人間とのかかおり合いはもうない。
不潔と嫌われ、鈍重とさげすまれつつ、とにもかくにも、人間と住んでいたあの愛すべき動物はもういない。 あるのは3キログラムのえさをキログラムの肉にかえる機械だ。

あのローマ人の言い方をまねれば、「豚の生命力というのは人間が食えないものを、食える蛋白質と脂肪にかえる機械で、豚の肉というのは1種の加工食品だ」ということになろうか。 豚は体重の65〜70パセントが肉で、牛の50〜60パセントにくらべるとずいぶん肉の歩留りがよい。
豚はその巨大な肉魂を支えるにたる最小限の短小な4肢しかもっていない。 それでもなお人間の食料用に、遺伝的な形質を変えようという研究も行なわれている。
こうして、将来、人間の嫌悪や侮蔑の対象ですらなくなったとき、現代の最大のタブーである「禁豚」の教義が宙に迷うことがあるかもしれない。 昔の歌には「あしびきの(山)」「久方の(空、日、光など)」などの枕詞が使われて、その歌をなめらかな優美なものとしている。
『万葉集』にもいろいろな枕詞が使われているが、その中に「鶏が鳴く」というのがあり、 など「東」にかかっている。 「とりが鳴く」は、鶏が毎朝時刻を告げるように鳴くことと、太陽が東から昇ることからきたさわやかな枕詞のようにもとれるが、実は当時の都、つまり大和地方の人にとって東国(関東地方など)の方言やするどい声の出し方が、まるで鶏が鳴いているように思われたことからきたという説が信じられている。
いずれにせよ、当時の人たちにとって鶏がたいへん親しい鳥であったからこそ、枕詞にまで登場することになったのだろう。  ところで、そのかんじの鶏の鳴き声だが、今はコケコ″コが相場だけれど、古代人がどのように擬声化していたかはわからない。
ただ、鶏は、単に「とり」「庭鳥」「家鳥」(この2つは枕詞)など以外に「かけ」とも呼ばれていて、鶏の声を「カケロ」というふうにとっていたことからきたといわれている。 『万葉集』には。という歌もある。

日本神話に登場する鶏は、まずこの声で活躍する。 『古事記』の天の岩戸の神話がそれで、洞穴の中にかくれた天照大神を呼びもどそうと神々が相談して「常世の長鳴鳥」に鳴かせると、大神が、朝が来たかと思って出て来た、というくだりである。
もっとも、鶏がトキをつげることは世界各地で重要視されていて、鶏が太陽を呼び返すという神話は多く、鶏を太陽に捧げる習俗もある。 日本では鶏はまず時計の代りにするために飼われたのだ、という説もあるぐらいである。
鶏の肉はおいしいのだから、食べられていたことも事実だろう。 日本歴史に登場する「鶏肉」の記事は、同時に食べることを禁止した記事でもある。
天武天皇は「肉食禁止令」を出したが、この中で牛、馬、犬、猿の肉と並んで鶏肉も食べてはいけないものの中に入っている。 元来、「肉食」の禁止は獣肉に限られていたと考えられがちだが、鶏もいわば獣肉の1つとなっていたわけだ。
このあと、元正女帝の時にも「殺生禁止令」が出ているが、ここでも鶏は禁止品目(?)の中に入っている。 美しい姿やよい鳴声から、鶏が神の使いのようにみなされていたからかも知れない。
禁止令が出たことは、当時の人々鶏を食べていた証拠になろう。 鶏の肉は魚と異なるコクと味わいあり、獣肉とちってやわらかくしっとりとしている。
当時の人たちは生すにし、塩漬けや醤漬けにして、このおいしい肉を楽しんだことだろう。 こうした禁止令の結果、料理1般魚や鳥中心となっていく風潮の中で、鶏はだんだん料理の第1線からは後退していったようだ。
平安時代の貴族の宴会でも鳥としては焙があっても、鶏の肉は出なかったようだ。 鎌倉時代には食物に格づけ行なわれたりして、日本料理だんだん形をととのえてゆく兼好法師の『徒然草』には、 「鯉ばかりこそ、御前にても切られるものなれば、やむごとなき魚なり。(鯉は天皇の前でも料理されるものだから、尊い魚である。
鳥は雑1番で、他にくらべものがない)」 とあり、鶏は出て来ない。 また室町時代には、「魚いちばんで、鳥はその次。


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